池に石を投げ込むと、水面に波紋ができ、広がっていきます。そのうち、池の縁で反射されますが、波紋がどこかで収束することはなさそうです。

では、地球が全て海だったとして、そこに石 (隕石?) を放り込むとどうなるでしょうか。地球が球である対称性から、地球の裏側で波紋が収束することは容易に想像できます。

次に、上図のように地球の南半球だけ陸地だった場合はどうなるでしょう。石を北極に投げ込むと、広がった波は赤道に達し、そこで反射されて、北へ向かい再び北極で収束することが予想されます。全てが海だったときと比べて、赤道で反射されるだけで本質的には現象が変わらないことが想像できます。つまり、全て海の地球で起こる波動伝搬を、赤道で折り返すことで、南半球が陸地であるときの波動伝搬現象を再現することができます。

以上より、上図のように、北極以外に石を投げ込んだときは、その点に関する地球の裏側の点を赤道で折り返した点に収束します。

3次元球から2次元平面への写像

この球上での波動伝搬を2次元面上で実現することはできないでしょうか。3次元球上の点と2次元平面の点を結びつける変換(写像)を利用することで、それが可能になります。3次元表面を2次元平面で表現することは、地図でよく行われていますが、その際色々な写像が用いられています。ここでは、ステレオ投射を用いた方法を紹介します。

上図のように、南極に平面を置き、ここに3次元球上の点を対応させる写像を考えます。北極と球上の点Pを結ぶ点を引き、その直線と平面が交わる点をP'とします。これにより、北極以外の球上のすべての点を2次元平面に対応させることができるようになります。点Pが北極に近づくにつれ、対応する点P'はどんどん平面の外側に離れていきます。ここで、球上での長さと、対応する平面上の長さは比例しないことになります。(地図を描く限り何かを犠牲にする必要があるからです。)

以上を用いて半分が陸地、半分が海の地球の地図を、2次元平面上に描くと上図のようになります。(北極に2次元平面を置いたステレオ投影に相当します。) 対応する緯線、経線も描いています。真ん中が北極点であり、赤道は円で表され、それより内側は北半球に相当するため海、外側は南半球に相当するため陸になります。
ここで注意しないといけないことは、外側ほど緯線、経線の間隔が延びていることです。つまり、球上の一定速度の波動伝搬をこの2次元平面で実現するためには、外側での波の速度を速くすることが必要になります。水面波の速度は水深が深いほど速くなるので、外側の水深を深くすればよいことになります。
この原理に基づき、3次元球上の波の伝搬を2次元平面内の波の伝搬で実現するように設計された水槽(池) を Maxwell's fishpond と呼びます。設計等、詳しい情報は元ネタである参考文献[1]を参照下さい。

Maxwell's fishpond

論文[1]の設計そのままに、サイズを0.8倍だけして3Dプリンタで作成したMaxwell's fishpondの写真を上図に示します。写真では分かりづらいですが、中心に向けて底がどんどん上がっており、水を張ったときに、外側の水深が深くなるようになっています。

実験動画

上の動画が実際の実験のスローモーション動画です。水滴によってできた波紋は、広がった後、壁で反射され、池の点対称な位置で収束している様子が観測されます。(以降の波の収束は、それぞれの位置で交互に起こりますが、水面の波は減衰が大きいので、実験では2回目の収束がわずかに見えるのみに留まっています。)

電磁波伝搬制御への応用

ここで参考にした文献[1]は電磁系のアナロジー[2]をベースにしています。電磁波においては、屈折率を変えることで電磁波の速度を変えることができるので、適切に屈折率分布を与えた系で、同様の現象を電磁系で実現することができます。より一般的な方法として座標変換媒質の考え方があり、媒質パラメータの設計法が明らかにされています。これにより、透明マントのような面白い応用が研究されています[3]。

3Dデータ

文献[1]の設計に基づいて作成した3D造形データは、以下よりダウンロードできます。

STLファイル

参考文献

[1] Paul Kinsler, Jiajun Tan, Timothy C Y Thio, Claire Trant and Navin Kandapper: "Maxwell’s Fishpond," European Journal of Physics, 33, 1737 (2012). arXiv:1206.0003

[2] Ulf Leonhardt: "Perfect imaging without negative refraction," New J. Phys. 11 093040 (2009).

[3] J. B. Pendry, D. Schurig, D. R. Smith: "Controlling Electromagnetic Fields," Science, 312, 1780-1782 (2006).

謝辞

本実験は、北野研インターンの榎薗さんに手伝って頂きました。大変ありがとうございました。