メタマテリアルと呼ばれる人工的に作られた構造物によって、電磁波に対する応答を大きく変化させることができます。媒質の境界で電磁波が「く」の字に屈折する負屈折などは、メタマテリアルによって始めて実現されました。また、メタマテリアルは構造の大きさを変えるだけですべての波長で動作させることができます。本研究室では、メタマテリアルを用いた新現象の探求と、マイクロ波領域あるいはテラヘルツ領域での実証実験を行っています。
バビネの関係式を利用したメタ表面設計
バビネの関係式の反射型メタ表面への拡張と偏光・波面制御への応用
バビネの原理から導かれる関係式は透過型のメタ表面について成立し、様々な透過型メタ表面の設計に利用されてきましたが、透過するときの位相が大きく変化するほど、透過率が低下するという問題をもっていました。一方、金属構造と反射ミラーの組み合わせで構成される反射型メタ表面は、反射位相が変わっても高い反射率を維持する性質があります。本研究室では、上図のように裏面に金属ミラーをもつ透明基板中に金属平面構造を埋込むことで、反射型メタ表面においてもバビネの関係式が成立する条件があることを発見しました。上図のメタ表面においては、異常反射(鏡面反射とは異なる角度に反射する現象)と45度偏光と135度偏光間の変換を同時に実現するもので、構造の自己補対性と拡張されたバビネの関係式から導かれる性質を巧みに利用して設計されました。テラヘルツ領域における実験検証で、異常反射と偏光変換の両者を含めた効率として80%を超える高い値を達成することができました。
参考文献:
回転補対構造間転移を実現するメタ表面によるテラヘルツ偏光制御
平面的な金属メタマテリアル(メタ表面)において、金属部分と絶縁体部分を入れ替える操作をバビネ反転と呼びます。図のような構造は、金属(Al)と二酸化バナジウム(VO2)から成り立っています。二酸化バナジウムは相転移温度(65度付近)以下では絶縁体、それ以上では金属として振る舞います。
構造をよく注意して見ていると、相転移温度以下の構造のバビネ反転構造をさらに90度回転させた構造と相転移温度以上の構造が同じ形をしていることが分かります。このような性質を巧みに利用して、1/4波長板と呼ばれる応用上重要な光学素子の特性をテラヘルツ領域で実現し、相転移前後であたかも1/4波長板が回転したかのような効果を実現することに成功しました。また、これまで外部のヒータを用いて二酸化バナジウムの相転移を制御していましたが、メタ表面自体に電流を流すことで二酸化バナジウムの相転移を制御することにも成功しています。
参考文献:
関連文献:
自己補対メタ表面の周波数無依存応答
図(a)のようなチェッカーボード型の金属構造を考えます。このとき、チェッカーボードの接点は表面抵抗Zcで特徴付けられる抵抗膜であるとします。このとき、Zc=0なら金属同士は繋っており、Zc=∞なら、金属同士は離れています。それでは、その間の状況ではどうなるでしょうか?
我々はこの問に答えるために、電磁界シミュレーションを行ない、どのような周波数に対しても一定の透過率が実現される抵抗値があることを明らかにしました[図(b)]。 また、我々は実際にこのような構造を作製し、この性質をテラヘルツ帯で実験的にも明らかにしました。
この性質は、電場と磁場の双対性と構造の自己補対性が美しく調和した結果であると理論的に説明することができます。さらに回路理論との対応についても研究をしています。
参考文献:
[1] Y. Nakata et al., "Plane-wave scattering by self-complementary metasurfaces in terms of electromagnetic duality and Babinet's principle," Phys. Rev. B. 88, 205138 (2013). [arXiv:1311.3839 ]
[2] Y. Urade et al., "Frequency-Independent Response of Self-Complementary Checkerboard Screens," Phys. Rev. Lett. 114, 237401 (2015). [arXiv:1505.04874 ]
参考サイト:電磁対称性を持った回路
時変メタマテリアル
メタマテリアルの研究はパラメータの制御の自由度を広げることで拡張してきました。そして、現在メタマテリアルのパラメータを時間的に変調する「時変メタマテリアル」の研究が盛んに行なわれています。本研究室では、時変メタマテリアルの1つの応用である電磁波の伝搬を停止させる方法について研究を行なっています。
BIC状態の動的変調による電磁波の保存と再生
BIC状態(Bound states in the continuum状態)は元々量子力学の分野で研究されてきましたが、近年光などの電磁波にこの概念が拡張されています。電磁波に対するBIC状態は、自由空間等を伝搬する電磁波と結合していない共振状態を指し、外部へのエネルギーの散逸が著しく低いために高Q値の共振状態を実現できます。我々は、外部から孤立したBIC状態と外部と結合した非BIC状態を切り替えることができるメタマテリアルを金属構造と可変抵抗膜で実現できることを示し、電磁波が保存可能であることと、保存されたエネルギーを再度伝搬電磁波として再生可能であることを電磁界シミュレーションで明らかにしました [1]。また、電磁波が保存される際に、共振状態だけでなく直流モードとよばれる特殊な状態にもエネルギーが蓄えられていることを発見しました。電磁波という交流を基本とする光学現象に直流状態が関与するはこれまであまり認識されていませんでしたが、時変系において直流モードが重要な役割を果たすことが別の研究でも最近示されています[2]。今後、時変メタマテリアル等の時変系の研究が進むことでより直流モードの重要性が認識されることと予想されます。
参考文献 :
真の電磁誘起透明化を実現するメタマテリアル
電磁誘起透明化現象は元々原子系で研究されていた現象で、不透明な媒質が補助的な電磁波の入射で透明になるという現象を指します。これまで、電磁誘起透明化現象を模擬するメタマテリアルが様々研究されてきましたが、透明化現象は電磁波ではないもので制御されていたため、真の意味で電磁誘起透明化現象といえるものではありませんでした。
本研究では、メタマテリアルに非線形要素を組み込むことで、元々の原子系の電磁誘起透明化現象と全く同様に、補助的な電磁波によってメタマテリアルを透明化する方法を考案しマイクロ波領域での実証に成功しました。この特性を利用して、電磁波の保存と再生も原子系と全く同じ手法で実現することができました。メタマテリアルでは設計によって動作周波数を選ぶことができるので、様々な周波数帯での電磁誘起透明化現象の応用(光メモリなど)が期待できます。
参考文献:
EITメタマテリアルを用いた電磁波の保存/再生
EITメタマテリアルは電磁波の速度を遅くすることはできますが、そのままではメタマテリアル中に止めることはできません。
私達は、EITメタマテリアル中の電磁波パルスの速度を動的に変えることで、メタマテリアル中に電磁パルスを捕捉することに初めて成功しました。捕捉した電磁波パルスは、一定時間経過後に前の状態を保ったまま再生し、メタマテリアル外に取り出すことができます。この技術は光メモリなどへと発展することが期待されます。
参考文献:
外部リンク:
[1] MIT Technology Review : First Demonstration of the Storage and Release of Light in a Metamaterial
EITメタマテリアルを用いた電磁波の速度制御
EITメタマテリアルを使うことで、電磁波パルスの速度(群速度)を低減することができます。これまでの研究では、群速度を変えるにはメタマテリアルの構造を変える必要がありました。
私達は、入射する電磁波の当て方によって、群速度をコントロールする方法を考案しました。図に示したメタマテリアルを用いて、入射する電磁波の入射角によって透過する電磁パルスの速度を制御することに成功しました。
参考文献:
2重共振メタマテリアルを用いた第2次高調波の増強
共振構造をもつメタマテリアルには、エネルギーが集中し場の強度が著しく高くなる場所があります。その部分に非線形要素を導入することで大きな非線形効果を起こすことができます。例えば、入射電磁場の周波数の2倍の周波数の電磁場(第2次高調波)を効率よく生成するメタマテリアルが研究されています。
私達は、入射電磁場だけではなく、第2次高調波にも共振するメタマテリアル(2重共振メタマテリアル)を用いることで、従来の単一共振メタマテリアルより遥かに効率的に第2次高調波を生成することに成功しました。
参考文献:
フラットバンドメタマテリアル
金属の表面には表面プラズモンという波動が伝搬します。この波の伝搬特性を決める分散関係は金属の種類と金属上部の媒質の誘電率で決まります。しかし、メタマテリアルの概念を導入し金属に構造をもたせることで、表面プラズモンの分散関係をコントロールすることができます。
私達は、図に示したような金属構造を用いることで、分散関係が全方向で平坦になるフラットバンド現象をテラヘルツ領域で実現しました。フラットバンド上の表面プラズモンは伝搬せずに局在するので、非線形性の増強や局所センシングなど様々な応用が考えられます。
参考文献:
参考:中田陽介のホームページ
メタマテリアル界面でのブリュースター現象
カイラル真空
参考文献:
磁気的媒質界面でのTE波ブリュースター条件
参考文献:
超光速光伝搬と負群遅延
最近の実験技術の進展によって、光パルスの伝搬速度(群速度)を光速cより大きくしたり、逆に自転車なみの速度に減速させ、さらには停止させることすら可能になってきました。このような異常光伝搬は応用面から強い関心が寄せられているのみならず、波動伝搬の物理を再検討する契機にもなっています。
当研究室では、同じ現象を再現する電子回路の研究を行っています。これらの回路は、現象を簡単に模擬できるだけでなく、電磁波の伝搬と物理的に等価になるように設計されているので、電磁波の異常伝搬問題を厳密にシミュレートできます。
参考文献:
参考:光の異常な伝搬を電気回路でシミュレートする
入門書
メタマテリアルについて興味をもった方は、次の入門書をご覧下さい。高校生(もしくはそれ以下)を含む初学者を主なターゲットとした読み物で、数式は一切なく、メタマテリアルの基本から丁寧に解説されています。それ以外にも、アナロジーなど物理の深い理解に役立つ考え方が多く紹介されているので、メタマテリアルだけでなく、科学一般に興味のある方にもおすすめします。
メタマテリアルのつくりかた―光を曲げる「磁場」とベリー位相―
日本磁気学会 編・冨田 知志・澤田 桂著 (共立出版)
謝辞
これらの研究は、科学研究費助成金(新学術領域研究 No.22109004、基盤研究C No.22560041)のサポートを受け実施されました。